
「酔いざめ川柳」は、私がアルコール依存症の治療を受けた翌年の2002年から、千葉県断酒連合会の機関誌「房総」に約20年間連載していたものです。
酒を飲まない生活のなかで感じたことを川柳にし、毎月、季節のごあいさつを添えて書いていました。2022年には、それらをまとめて一冊の本にしました。
あれから二十数年。今回、当時の作品から二句ずつ選び、昔の文章とともに掲載しながら、今の自分が読み返して思うことを少し書き添えてみることにしました。
酔いざめ川柳2002年2月
手のふるえ とまって折る 千羽鶴
スリップは 下着のことかと 父が聞き
(如月のごあいさつ)
酒を断って日が浅いと「もう、飲めない」という事実がなかなか信じられません。「なんでジュース飲まなくちゃいけないわけ?」と怒り爆発。 そこで、気を鎮めるために折りはじめた千羽鶴は、いま、三百羽をこえたところで止まっています。気持ちが落ち着いてきたということでしょうか。
(二〇〇二年一月某日 公園の裸木の美しさに感動した日)
二十数年後に読み返して
あのとき折った鶴は、何年もの間、箱に入れてとってありました。ところが、今から2年ほど前のこと。あるイベントで小さめの折り紙で鶴を折る機会がありました。久しぶりのことで「鶴の折り方」を調べて、説明通りに折ってみたところ「…ん? なんか違うぞ?」と思ったのです。
そのとき、まだ酒を飲んでいた20代後半にネパールへ行ったときのことを思い出しました。他の日本人旅行者と一緒に「子どもたちにあげよう」ということで鶴を折りました。すると年配の御婦人から「あら? ちょっと違うわよ」と指摘されたのです。なんと、私は鶴の折り方をずっと間違えて覚えていたのです。そのとき、正しい折り方を教わって直したはずなのですが、数年後、酒を手放したばかりの私は、そのことをすっかり忘れていたようです。そして二十数年後、久しぶりに鶴を折ってみて、また間違った折り方に戻っていたことに気づきました。
…ということは、おそらく、お酒を手放して間もない頃に、せっせと折った鶴も間違えた折り方をしていたはず。でも、あのときの私は鶴を折ることでずいぶんなぐさめられました。正しい鶴ではなかったけれど、役目はちゃんと果たしてくれたのだと思います。
二句目の「スリップ」は、アルコール依存症の人が再飲酒することを意味するのです。父が実際に「下着のことか?」と聞いたわけではなく、私が「スリップ」と口にしたとき、意味が分からないような顔をしたのが面白かったので思いついた句かと思います(笑)。
(記:2026年8月11日)
Kindle版では、約20年分の「酔いざめ川柳」をお読みいただけます。
