
今日は「酒の夢」について話したいと思います。
私はお酒を手放してから10年以上、定期的に「酒を飲む夢」を見ていました。
夢の内容もほぼ決まっています。
ひとりで飲んでいます。それも、かつて飲んでいたときの記憶ではなく、「現在進行形で飲んでいる」という、とても生々しい、リアルな感覚を伴う夢なのです。お酒の匂い、舌に触れたときの感触、胃のあたりに落ちるまでの感じとか。
もっと強烈なのが感情です。「私はもう、酒は飲んでいないことになっている、でも実は飲んでいる。ずっと酒はやめていなかった。飲んでいないといいながら飲んでいた。やめられるわけない。当たり前だ」という、失望感というか絶望感がすごい。自助グループに何年も通いながら、実際には酒はやめておらず、やっぱり飲んでいるという…
「飲まないでいられるわけがない、飲まないわけない」と思いながら飲んでいるわけで、楽しくもなんともないというか、大変つらい。残念なことに夢の中でさえ、お酒を上手く飲むことも、美味く飲むこともできない(笑)。
断酒の期間が短い間は、目が覚めて、それが夢だとわかってからも「本当は、私、飲まないと言いながら、実は飲んでいるんだっけ?」と自分に対して不信感がわきあがり、いや、夢だ。今は飲んでいないと思えたときには心底ほっとしたものです。その後、断酒の期間が長くなってきてからは、ああ、いつもの夢だ、とすぐに思えるようになりました。
本当に毎回、同じパターンで、こうして「飲む夢」を見ました。断酒後、13年を過ぎるころまで、定期的に・・・3か月に1回ぐらい見ていました。どういうときに見るのかというと、疲れたり、気にかかることがあったり、落ち込んだりしているときに見ることが多かったような気がしますが、これといって思い当たるふしがないこともあります。
私は飲まなくなってからも、飲酒欲求というものはあまり感じなかったのですが、もしかしたら、心の奥底には、飲みたい気持ちが残っていたのかもしれません。・・・であれば、もっと「飲んで気持ちいい、楽しい」夢になってもいいんじゃないかと思うのですが(笑)。
こうした夢を見るたび、しんどいな、嫌だな、と思いつつ、自分にとって必要なことなのだろうな、と受け止めるようになりました。本当のところは、なぜこの夢を見るのか、誰にも分からないでしょう。でも、AA的に「必要があって、神様が見させてくれるのだろう」ととらえるのがよい落としどころなのだという気がします。
飲んだ夢を見て目が覚め、今は確かに飲んでいない自分である、と自覚できたとき、改めて飲まずに生きていられるありがたさを深く感じたものでした。
さて、この夢、いつ頃から見なくなったのか。これは結構、はっきりとしていて、今から12年前、2014年に東京から南房総に引っ越してきてから見なくなりました。
東京で生活するストレスが減ったからなのか、海や山に近い自然環境に恵まれたからなのか、それとも、単純に、飲まなくなってから13年ぐらい経った頃で、その夢を見せてもらう必要がなくなったからなのか。
いずれにしても、自分が飲まない生活を続けてきた中で、とても印象的で思い出深いというのも変ですが…そういう体験でした。酒を飲む夢も、東京の町に置いてきてしまったのかもしれません。
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