作品情報
タイトル:『658km、陽子の旅』
公開年:2023年
監督: 熊切和嘉
主な出演者:菊地凛子、竹原ピストル、黒沢あすか、風吹ジュン、オダギリジョー
上映時間 113分
あらすじ
陽子(42歳)は、東京のアパートに引きこもるように暮らす在宅フリーター。仕事にまったく熱意はなく、他人とほとんど関わることなく日々を過ごしている。
18歳のとき、父の反対を押し切って故郷の青森から上京したものの、夢はかなわず、いつしか惰性で生きるだけになっていた。
ある日、従兄の茂が訪ねてきて、長年疎遠になっていた父が急死したことを告げる。茂の一家の車で葬儀のため青森県弘前市へ向かうが、途中のサービスエリアで思わぬトラブルが起き、陽子は一人取り残されてしまう。
青森までは、まだはるか遠い。スマートフォンもなく、手持ちの現金もほとんどない。翌日正午の出棺に間に合わせるため、陽子はヒッチハイクで故郷を目指すことになるが……。
感想
私はあまり映画を観ることがないのですが、ロードムービーが好きで「今日は、映画を観たいな」と思ったら、配信サービスでロードムービーを探してみることが多いです。この映画も、「邦画のロードムービーで、派手さのないもの」という基準で探しました。あまり期待しないで観ましたが、予想をはるかに超え、静かな充足感がある映画で、時期を離して2回観ました。また観るかもしれません。
菊地凛子さんの、怪演ともいえる鬼気迫る演技も大きな見どころで、実際、第25回上海国際映画祭で最優秀女優賞を受賞されています。ただし「ストーリーの設定に無理がある」との声も結構あったようですが、私はほとんど気になりませんでした(笑)。主役の菊地凛子さんだけでなく、脇役陣もみな上手だったからではないかと思います。
映画は、薄暗い陽子の部屋の様子を映すところからはじまります。安アパート(家賃がいくらか分からなくてもゼッタイ安いと知れる)に、ババシャツが干され、調味料やら小物やらがごちゃごちゃと散らかっています。灯油ストーブのようなもので暖をとっているようですが、段ボール箱がいくつも置きっぱなしになっているのも、不規則でだらしない生活ぶりと貧乏くさい感じがよくでていてよいです(笑)。トイレットペーパーまで通販で買っているようで、あっちこっちに段ボールの箱が置きっぱなし。この段ボールにつまずいてスマートフォンを壊してしまい、陽子は、後に、スマートフォンを持たずに旅をすることになります。
その部屋で冷凍食品をレンチンしただけと思しき食事をとり、在宅でやっているサポートサービスのオペレーターの仕事にも、実にいいかげんな態度で取り組んでいます。そこに、従兄の茂がやってきて「伯父さん(陽子の父)が、病気で急に亡くなったから、一緒に青森に帰ろう」と言い、無理やり引っ張り出されるようにして車に乗りました。
…こうして「陽子の旅」が始まります。途中のサービスエリアで茂の一家とはぐれてしまい、そこから、さまざまな人と出会いながら、ヒッチハイクの旅を続けていきますが、その出会いのひとつひとつが陽子を揺さぶり、一昼夜で彼女の心が解かれていく様子がとても感動的でした。ちょっと内観療法的に…陽子が出会った人たちから何をしてもらい、自分は何をして返したのか、という視点から見てみましょう。
乗せてくれた人 その1 シングルマザーのOLさん 「ただ受け取る」
最初に陽子を車に乗せてくれたのはシングルマザーのOLさんです。陽子を車で待たせて、その間、サービスエリアのレストランで食事をしていましたが、車に戻ると「自分で食べようと思ったんだけど買いすぎたから」とパンを陽子に渡してくれます。おそらく、最初から陽子のために買ったと思われますが、遠慮させないように、気づかってくれたのでしょう。行きずりの陽子を相手に自分の個人的な事情を打ち明け、「あなたも毒、吐いちゃいなよ」などと言ったりします。別れるとき、陽子から「お金を貸してほしい」と言われても、それは断ります。陽子とは対照的に、どこまでも大人の女性の対応ができる人として描かれています。このころの陽子はまだ、本当にろくすっぽ話もできず、OLさんもよく乗せたなあ、と思ってしまいますが(笑)。
*** このOLさんがくれたもの ***
・車に乗せてくれた
・パンをくれた
・陽子に、暗に「つらいことがあるなら話せ」と言ってくれた
*** 陽子がして返したこと ***
とくになし
トイレに一人で行けない若い女の子 「誰かを思いやる」
OLさんと別れた陽子。小さいパーキングエリアのせいか、車がまったく来ません。そこにもう一人若い女の子が現れます。何度も鳴る携帯電話に応答することはなく、いかにも訳ありに見えますが、人懐っこい子です。次第に日は沈み、暗くなると「怖くてトイレにいけない」と陽子を無理やりトイレにつきあわせます(笑)。夜になって、二人で寒さに震えながら、陽子は彼女に「なんで、こんなことしてんの?」と聞きます。彼女は「話しても無理だと思う…」と話しません。とうとう車がやってきて「一人だけなら乗せられる」と言われたときに陽子は、怖がりの彼女に車を譲ります。
*** 若い女の子がくれたもの ***
・古びた、長いマフラー(この後、陽子はずっとこのマフラーを巻いて旅をする)
・自販機の缶コーヒー(ポタージュスープのようなものだったのかも)
・ハグ
*** 陽子がして返したこと ***
・相手の事情を思いやる言葉をかけた
・車を譲った
ここで陽子は、先のOLさんのときとは違って、相手を思いやり、車を譲る、という行動にでています。考えてみれば先のOLが「毒、吐いちゃいなよ」と言ってくれたことを、今度は陽子が若い女の子に向かって、言っていたのです。はなはだ消極的な伝え方ではありましたが。この出会いは、陽子の心が動きだすきっかけになったのだろうな、と思いました。
乗せてくれた人 その2 ライターの男 「ただ、奪われる」
小さなパーキングエリアで一人になってしまった陽子を車に乗せた次の人物は、ちょっと悪いやつでした。「あんた、コミュ障だろう?」などと言いながら、「目的地まで乗せてやるから」と陽子の弱みにつけ込み、性行為を迫ります。ところが、男は仕事先から連絡が入り、急にその場で仕事をすることに。陽子は放り出されてしまいます。
陽子は深く傷つけられ、海辺で崩れ落ちます。アル中的に言えば、この海辺の場面は、陽子の孤立した生き方が行き着いた「底」のようにも見えました。心身ともに無理やり裸にされ、頑なに凍りついて固まっていたものが壊されて、剥き出しに近くなった感じ、とでもいいましょうか。
「してくれたこと」「して返したこと」という視点で見ると、この男との間にはそうしたやりとり自体がありません。一方が相手から奪うだけの関係は、不毛なのだと気づかされます。
乗せてくれた人 その3 木下夫婦 「ただ受け取ることを受け入れる」
傷ついた陽子は、東日本大震災の被災者、木下夫婦に拾われます。木下夫婦は野菜を無人の販売所に届け、仮設住宅暮らしの被災者に野菜を配りながら、陽子を車に乗せて、青森方面へ向かう人に繋いでくれました。「見知らぬ人間の車に乗るなんて…」と思わず漏らす無口な旦那さんは、叱るでも説教するでもありませんでした。心底陽子のことを心配しているのが伝わります。奥さんのほうは、陽子にスパッツと冬用の長靴、それにおにぎりを渡します。前のライターの男とは正反対、圧倒的なギバー、「与える人」であり、また、長い間苦楽をともにした夫婦の絆を感じさせる木下夫婦から、陽子は旅を続ける力をもらいます。このときの陽子はまだそれを自覚している様子はあまりなく、ただただ木下夫婦から厚意を受け取ります。実はこの「ただ受け取る」ということも大切なことだと私は思います。
*** 木下夫婦がくれたもの ***
・車に乗せてくれた(多分そのときの陽子は海水に濡れ、かなり怪しい様子だったはず)
・陽子に何も聞かずに、気持ちを引き立てるように明るく振る舞ってくれた
・スパッツ
・長靴
・おにぎり
*** 陽子がして返したこと ***
お礼を言った
乗せてくれた人 その4 震災ボランティアをしたあと定住した女性、その5 若い夫婦 「意思を取り戻す」
その後、陽子は、木下夫婦の知り合いの女性の車で、サービスエリアまで乗せてもらい、ヒッチハイクを試みます。紙に「青森まで」と書き、その横にはりんごの絵も。この、紙に書くやり方は、マフラーをくれた若い女の子がやっていた方法です。しかし、なかなか乗せてくれる人がみつかりません。
このあたりから陽子の、「青森まで行くぞ」という意思がはっきりと感じられるようになります。これまでは、行きたいんだか行きたくないんだか、分からないように見えました。
ヒッチハイクに苦戦していた陽子を見かねて乗せてくれた若い夫婦とは、ほとんど会話もなかったのですが、陽子は隣に座る父の幻影に、手を伸ばします。心が少しずつほどけてきた現れに思えました。これまで触れませんでしたが、この旅の途中で折りに触れて陽子の父の幻影が現れていました。
この夫婦とまた、次のサービスエリアで別れますが、ここでもなかなか乗せてくれる人が現れず、かなり強引なやり方で「乗せていってくれ」と頼んだりします。それもうまくいかず思い切り「誰か乗せて~!!」と絶叫すると、小学生くらいの男の子が「はい!」と手をあげてくれたのです。
乗せてくれた人 その6 親子 「自分の思いを打ち明ける」
男の子の父親が乗せてくれた車の中で、とうとう陽子は「話を聞いてもらっていいですか?」と、自分のこれまでの人生を話しました。男の子が「お兄ちゃん」に頼んで、陽子をバイクで実家まで送ってくれるよう話をつけてくれて、陽子は目的地までたどり着くめどがつきます。
人との関わりを避けて生きてきた陽子が、「乗せてほしい」「話を聞いてほしい」と、自分から他人に助けを求められるようになったことは、大きな変化だったと思います。
*** 親子がしてくれたこと ***
・車に乗せてくれた
・陽子の話を聞いてくれた
・身内にバイクで陽子を実家まで連れて行くように頼んでくれた
*** 陽子がして返したこと ***
正直に自分の話をした(自分の心を開いた)
バイクを降りた陽子は雪の中をおぼつかない足取りで実家に向かって歩きます。そこへ、茂が迎えにでてきて「出棺を待ってもらっている」と聞かされました。
してくれた、という意味では茂も「陽子をなんとか連れ出した」という大きな役割を持っていました。出棺を待ってもらえるよう、かけあったのも、彼に違いありません。
ラストシーンの陽子の足取りはほんとうによたよたとかっこわるいのですが、しっかりした足取りにしなかったのは、これからの彼女の歩みを象徴しているように思えました。すぐにシャキッとはしないかもしれない。人が変わったように違う人生を歩みはじめるわけではない。けれども私は思うのです。東京に帰ったら陽子は、部屋の段ボール箱を片付け、買い物にでかけて自炊をするようになると(笑)。
658km、一昼夜の旅のなかで、多くの人と出会い、なにかをしてもらって、また、ほんの少しなにかをしてあげて陽子は自身を取り戻していきます。およそコミュニケーションができなかった彼女が旅の終わりには、自身を振り返り、個人的な話を他者にできるようになりました。
陽子がんばれ、と思わず思いつつ、その言葉は私自身にも返ってきて、少し元気になれる映画だったと思います。
(記:2026年8月)

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