
若さを飲み潰す 第5章 ~仕事も勉強も負け戦~
ネパール行きの前哨戦で負け気味
なぜ、ネパールだったのか、という話が、また長くなってしまいますけれども、やはりそこにも「酒による絶え間ないつまづき」や、「人生がまったく上手く回らない感じ」が色濃く出ていたように思うので、書いてみることにします。
ときは1996年12月のこと。私は28歳にして初めて海外旅行というものを経験しました。行き先はアメリカ合衆国ハワイ州です。ホノルルマラソンに出場しました。
…唐突ですね。もう少しさかのぼって振り返ってみます。最初に就職した会社で働いていたときスポーツジムに足を向けたことがきっかけで、フィットネスにハマりました。毎日のように通っては、エアロビクスのクラスで踊っていたのです。これも私なりに「健康的な生活ができるように」「酒を飲みすぎないように」と大真面目に考えていたという…アル中あるある、です(笑)。そういうことをしているうちに、会社の先輩に誘われて、マラソンレースに参加したり、登山に行ったりするようになりました。
若さというのはすごいもので、毎日大量に酒を飲んでも、翌朝は通勤電車に揺られて出社し、とりあえず席につき、帰りにはジムに寄ることができたんですね。スポーツに励んでいると、多少、酒の量は減りましたが、もちろんそんなことくらいでは根本的な問題は解決しません。AAで言うところの「つらすぎるくらいつらい努力をたっぷりと、長い間繰り返した。」の努力の一環ではありましたが、あの期間があったおかげで、体力が支えられ、若いときの楽しい思い出というものも結構残ったのかな、と思います。
いちばんの思い出は26歳の時に、館山若潮マラソンで、42.195キロを4時間15分ほどで完走したことです。完走できたことがとてもうれしく、達成感があり、少しの間、酒量は減ったのですが、すぐ戻りました(笑)。それから7年後にお酒がとまり、多くのアルコール依存症の仲間と出会いましたが「結構なスポーツマン」という方、あるいは「だった方」というのは少なくありません。何かに熱中するタイプの割合が多いような気がします。ワーカーホリックも多い。一般的な印象とは異なってアル中って怠け者じゃないんですね。私がみたかぎりでは「やりすぎな人」が多いように思います。
さて、そういう流れはあったものの、1996年の年末にホノルルマラソンに行くころは、実家に戻ってからしばらく時間が経ち、トレーニングやフィットネスから離れてしまっていました。参加することになったのは、高校時代の友人から誘われたからです。ホノルルマラソンは制限時間なしで走れますのでなんとかなると思いました。たしかJTB主催のツアーに申し込んで参加したと記憶しています。レースそのものはなんとか5時間半ぐらい完走できました。
でも、そのとき、初めての海外旅行だというのに、あまり楽しいと思わなかったんですね。大して面白くないというか。アル中だと、そうなっちゃうんです。一緒に行った友人とも、特に喧嘩になったわけでも、気まずいことになったわけでもありませんでしたが、彼女はお酒をほとんど飲まない子で、レース前日の食事のとき、私がビールをお代わりすると、「え? そんなに飲むの?」と言われてしまい、内心面白くありませんでした。アル中にとっては初の海外旅行だろうが、明日はフルマラソンであろうが、酒のほうが大切なんです。そのときはちっとも気づいていませんでしたが。
なんでカトマンドゥ?!
そういうわけで、初めての海外は友人と一緒、ツアー参加、行き先はホノルルだったので、ごくノーマルな穏当な海外旅行デビューでした。それが1996年12月。その翌年、1997年3月にひとりでカトマンドゥに旅立ったわけです、いきなり。
なぜネパールだったかと言えば、当時勤めていたユーザーサポートの仕事の同僚にチベット密教系の瞑想を学びに、たびたび、ネパール、チベット方面に通っていた方がいて、その影響でした。その方は男性で、私より2、3歳年齢は下だったと思います。その職場のオペレーターには決まった席がなく、基本、空いている席についていました。しばしば彼と席が隣になったので、電話の応対をしていないときには、話をするようになったのです。彼のやっていることはバックパッカーに近かったわけですが、人柄が真面目で目的が瞑想だったので、割と安心して話ができ、海外の話を聞かせてもらっているうちに、私も行きたくなっちゃったんですね。
最初はぼんやりと「いつかは私も旅してみたいなあ」だったのが、蔵前仁一さんや、下川裕治さんたちのバックパッカー本、あとは定番、沢木耕太郎さんの「深夜特急」を読みふけっているうちに、旅への思いが募っていきました。もちろん根底にはアルコールの問題があって、毎日、心身の状態に苦しみながら過ごしていたので、「旅に出る」という思いつきに飛びつきました。前の沖縄旅行のときと同じです。
遠くに行けば何かが見つかって、自分が変われるんじゃないかという思いが強くありました。その、瞑想勉強中の青年は、また旅に出るためにその職場を去ってしまったのですが、ネパールの首都、カトマンドゥを拠点にしているということだったので、私も行ってみよう、という気になりました。もちろん、何の約束もしていませんが、もしかしたらカトマンドゥで落ち合えたら旅の最初のころだけ、サポートしてもらえたらな、と当てにする気持ちは少しありました。
そして、そのときに手元にあったお金をトラベラーズ・チェックに替えて、仕事を辞めて1年オープンのカトマンドゥ・成田のエアチケットを持って、行っちゃいました。…まあ、8年後のトロント行きと同じですね(笑)。
そのときの旅はカトマンドゥから始まって、陸路でインドに入り、3か月くらいで帰国しました。この旅の話についてはあまり詳しく書かないつもりですが、いろいろな経験ができて面白かったです。次回は、ネパールやインドでも酒を飲んでいた話をさせていただきます。