
アルコール中毒者のぴなこです。
私は言っていい場面であれば、自分がアルコール依存症であることを相手に伝えます。なぜなら日本中で多くの人が苦しんでいる病気であるにも関わらず、この病気がどういうものであるのかが知られていないからです。そのことが多くの悲劇を引き起こしているとつねづね思っています。
そういうわけで、「私はアルコール依存症で断酒して◯◯年飲んでいません」と話すと、返される言葉として次のようなものがあります。
「克服されたんですね!」
「立ち直ったんですね!」
「直ったんですね!」
…などなど。
どれも、褒め言葉と受け取るべきで、思いやりのある反応でしょう。
けれども、私の返しとしては「いや~あ…(もごもご)」という感じになります。
医学ではアルコール依存症について『回復は可能だが完治とは言わない』とされています。
ここから先は、医学的な正確さは欠くでしょうが、24年間、自助グループを通して当事者を見てきた者として続けます。
アルコール依存症は治りません。
アルコール依存症は罹患すると、もう二度とアルコールを安全な形で体に入れることができないのです。
たとえ断酒して長い期間が経ったとしても、ひとたびアルコールを口にすれば、再びコントロールを失います。
多くの精神疾患では、症状が落ち着いた状態を『寛解』と呼びますが、依存症の場合は『回復』と表現されます。 私たちアルコール依存症の当事者は「治らないけど回復できる」。これがいちばん正解に近い言い方だな、と思います。
しかし、当事者の中にも「酒を飲んでいない状態であれば『克服』という言葉を使ってもいい」と考えている人もいます。それに、何をもって回復なのか、という話もあります。
「酒をやめることは、ほんの始まりにすぎない」とビッグブックにも書かれている(第2章)とおり、飲まないでいればそれが回復かというとそうではありません。少なくともAAのプログラムではそう言われています。仕事に就けば、あるいは経済的に自立できれば回復かといえばそれも違うでしょう。
アルコール依存症の人は断酒を続けて最後、命を終えたとき初めて「ああ、あの人は回復して亡くなったね」と言ってもらえるのか。
ただ酒を飲まなかったというだけでは回復したとは言えないということであれば、それだって、ちょっと怪しい(笑)。
とはいっても、回復者と言われるには、まあ、とにもかくにも酒を飲まないことは絶対条件ではあります。
私が思うのは、アルコール依存症は治らないものであって、自分の一部としてその病気とともに生き、24時間365日、自身の心の成長を求めて生きていくその瞬間瞬間の積み重ねが回復と呼んでいいものなのではないか、ということです。
アルコール依存症は命尽きるまで回復中の身の上である、というのが私の実感で、せめて私の命が尽きたときには『回復したよね、あの人』と言われたいものだと思っています。
(記:2026年4月30日)
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