ぴなこの体験談アル中体験記

私のアル中体験記 こんなふうに飲んできた(10)

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若さを飲み潰す 第4章 ~仕事も勉強も放棄~

沖縄旅行から帰宅しまして「さて、これからどうしよう」と考えました。私はお勤めって性に合わないみたいだよなあ…と思ったりしたんですが、そもそも酒の問題を先になんとかしないと、仕事が合うも合わないもないのですが、そういう不都合な事実には、もちろん目をつぶります(笑)。

そこでまた安直な目標を立てました。「そうだ、なにか資格を取ったらいいんじゃない?」。この辺りの発想も、前の転職と同じで、繰り返しますが、実に安直です。

その時点で、がんばって就職してがっつり働くということに対して、お呼び腰になってしまっていました。自信ないんですよね。問題の根本は酒なのですが、もちろんそれを認めるわけにはいきません。

それに「国家資格を取って、将来独立したい」なんて言っておけば、なんとなく申し開きが立つ、とも思いました。…でも、「申し開きが立つ」というのも、おかしな話です。いったい誰に対して申し開きしようと言うのでしょう。うちの親は、別に娘が立派な何かになって欲しいとか、そういう圧をかけてくるような人たちではありません。私自身もあまりに人の目を気にするようなタイプでもないのです。まだまだ20代後半だったのですから、ゆっくり自分の行き先を見据えることもできたはずなんですけど、そこはアル中のこと。落ち着いて考えるというのが無理なんですね。本質から離れて目先のつじつまを合わせようとしてしまいます。とにかくバタバタ、バタバタ、なんとかしよう、なんとかしようとして、なんともならなくなるというパターンの繰り返し。

…これは、私だけではなくて、その後、自助グループに繋がって、他の仲間の話を数多く聞きましたが、みんな同じような感じなんですね。酒が抜けない状態で考えたり決めたりすることというのは、実を結ばないものなんです。

さて、なにか仕事になりそうな資格取得を目指すことにしてみた私。ほぼ独学で手が届く可能性があって、その後の収入に繋がりそうな資格ということで「社会保険労務士なんかいいんじゃないか」と考えました。そりゃあ、社労士は立派な資格で取る価値は十分あります。しかし、取ったからといってすぐに独立して収入を得られるわけではなく、一定の期間、実務の経験を積まないとどうにもならないでしょう。…がもちろんそこまでの考えも決意もありません(笑)。

まあ、とにかく勉強を始めました。私は割と勉強は好きで得意なので、最初のモチベーションは結構高かったです。とはいえ、勉強だけに専念するわけにもいかず、契約社員という形で仕事に就きました。

ユーザーサポート業務で、コールセンターに勤めました。通勤時間は1時間ほどで、朝の9時から夜の9時まで12時間のシフトなんですね。3日連続で12時間勤務、その後は3日休みで、次のシフトは4日連続でまた12時間勤務で、それが開けると4日休み…の繰り返しです。

私の心づもりとしては、休日が連続するので、その間、しっかり勉強するつもりでした。でも、先に説明したあのシフトというのは、アル中にとっては最悪です。12時間もの労働で夜遅く帰宅し、飲んで寝ます。翌日が出勤の日は量を控えられるのですが、休みの前の日とか、やっぱりドカンと飲んでしまい、朝になると、酒が切れてきてイライラします。そういう状態では勉強なんてはかどりません。

一応、それなりに勉強を始めるのですが集中できず、結局勉強は早めにきりあげて、夕方の、それこそ「申し開きの立つ」時間になったら、酒を飲み始めてしまっていました。

仕事の内容は、コールセンターでのユーザーサポートで、直接お話をするのは、全国展開をしているコンビニエンスストアのオーナーさんや、そこで働くアルバイトの方々、そのチェーン店を運営する会社の社員さんたちでした。店舗に入っているコンピューター…当時は、パソコンではなく、ストアコンピューターと呼ばれる専用端末や、発注機、検品機についての問い合わせに対応していました。クレームもありましたし、それなりに大変でしたが、システムエンジニア(の見習い)のように、激しく頭を使う仕事ではありません。慣れると、私も電話での接遇とか、臨機応変な対応とか、相手の話を聞いたり、分かりやすく説明したり、という仕事は、割と得意だと分かって、仕事としてはなんとか続けられた感じです。

この仕事も、就いて最初のうちは酒もセーブしつつ出勤していましたけれども、やはり次第に、酒量のコントロールができなくなっていきました。通勤で50分ぐらいは電車に乗るので毎朝、地獄の通勤となります。混むのと、飲みすぎて気持ち悪いのと両方です。本当に吐きそうになると電車の連結部のところに行きました。たしか実際にそこで吐いたことはなかったと思うのですが、そのときのためにビニール袋は用意していました。途中で降りて、トイレに駆け込んだりすることもしばしば。酒の飲みすぎは、腸の状態を悪化させますので、しょっちゅうお腹を下していました。

そんなふうに体調が悪くても、自分では「過敏大腸症候群だよなあ?」と思おうとしていましたし、周りにもそう説明していました。明らかにアルコールが原因であるにもかかわらず。

そんなふうに、胃腸の「上からも下からも」みたいな苦しみに耐えながら仕事に出て、なんとか帰宅すると、即、酒に手が出ました。

そのうち、休みが明けて、シフトの初日に出勤できなくなることが増えていきました。12時間のシフトなので1人抜けると他の方の負担になるということは重々承知していたので「休んじゃいけない」と思うのですが、どうしても行けなかったのです。契約社員という雇用形態だったことや、12時間勤務の変則的なシフトで、応募が殺到するような仕事ではなかったこともあって、クビにはならずに済んだのだと思います。それに、ポカ休みがあっても、シフトに入って席につけば、それなりに仕事はできたので、周囲に迷惑をかけつつ、かろうじて働いていた感じです。

はっきりとは言われませんでしたが、狭いところで電話をとったりかけたりするので、アルコールの臭いもしてたでしょうし。一度、「◯◯さん、お酒結構飲むの? 結構お酒のにおいが…」と、そのフロアで働いていた他の会社の管理職の方から言われたことがありました。「い、いいえ…そんなには」と嘘をつきました。そう、アル中というのは望まぬままにあっちでもこっちでも嘘をつくハメになり、次第に人生が歪んでいきます。

もちろん、社会保険労務士の資格取得のための勉強は、途中で投げだし、参考書類も物置行きになりました。

ここの仕事を2年半ほどやったところで、辞めることにしました。辞めて旅に出ることにしたのです。行き先はネパール。

次回はなぜネパールだったのか、という話をしたいと思います。

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