酔いざめ川柳 2002年

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焼き鳥も 刺身も甲斐なし ウーロン茶

風呂あがり 今日はどれを飲もうか 缶ジュース

手のふるえ とまって折る 千羽鶴

百羽こえ 垢ぬけてくる 鶴の影

スリップは 下着のことかと 父が聞き

(如月のごあいさつ)

酒を断って日が浅いと「もう、飲めない」という事実がなかなか信じられません。「なんでジュース飲まなくちゃいけないわけ?」と怒り爆発。 そこで、気を鎮めるために折りはじめた千羽鶴は、いま、三百羽をこえたところで止まっています。気持ちが落ち着いてきたということでしょうか。

(二〇〇二年一月某日 公園の裸木の美しさに感動した日)

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三月十三日は、越後の虎と呼ばれた戦国武将、上杉謙信公の命日です。彼は大酒飲みの誉れも高く、こんな辞世の句を残したとされています。

四十九年一睡夢一期栄華一杯酒 (しじゅうくねんいっすいのゆめいちごのえいがいっぱいのさけ)

さすが、格好いい。

私が今日、あの世にいくとしたら、やはり一句きめたいもの。

三十三年一瞬華一期賞賛一晩恋 (さんじゅうさんねんいっしゅんのはないちごのしょうさんひとばんのこい)

・・・うそいっちゃいけない。

三十三年一期大酒一瞬断酒 (さんじゅうさんねんいちごのおおざけいっしゅんだんしゅ)

これでは、当分死ねません。

(二〇〇二年二月某日 ひな祭りのお菓子を買った日)

上杉謙信公:天正六年三月十三日(1530生1578没)春日山城にて没

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死を語る 友まえにして チョコ齧る

居酒屋の ティッシュ受けとり 腹が立ち

申告書 切捨て端数の わが所得

(卯月のごあいさつ)
春です。
私は、この「梅と桜の間」の時期が昔から苦手でした。心身ともども、なんとなくだめ。飲んでいたころは、例外なく酒量が増えたものです。飲めない今、句をひねろうにも、口をついて出るのは「輪廻して 何の因果で この病気」だの、「煩悩よ 色より欲より 酒一杯」だの、野暮な句ばかり。
桜なぞ、はやく散ってもらいたいけれど、時の流れはいかんともしがたく、つぎの季節を待つばかり。嗚呼。
(二〇〇二年三月某日 春の服を注文した日)

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ため息も でるわ ハナキン 例会場

奈良漬を 迷って残す B定食

牧水 放哉 山頭火 あなたのようには生きられません

(皐月のごあいさつ)
絵を見てきました。横山大観作「生々流転(せいせいるてん)」。
山中の岩の間を細く流れ出した水が、沢となり、川となり、猿や人の集落をうるおし、やがて大河となって海につながり、大洋の波間から竜に姿を変え、天に昇っていく姿が描かれています。竜は天空で雲をよび、雨を降らせ、また水の流転がはじまるのでしょう。
今、まさに、時は穀雨から立夏へ。
刻々と移ろう季節を感じるとき、流れていく時の中で、今、自分がここに生きているという不思議さを感じずにはおれません。

(二〇〇二年四月某日 久しぶりに登山靴の手入れをした日)

(付記 「生々流転」にまつわる思い出)
昨年の夏、友人と海水浴に出かけ、海近くの宿で一泊しました。夜、友人は、ある絵の話をしてくれました。なんでも、広げると四十メートルにもなる水墨画の巻物で、すばらしいものだとか。水墨画は描き直しがきかず、仕上げるまでの気力たるや、たいへんなものだったろう、とも。
この話を聞いても、酒が飲みたくてそれどころではなかった私は、
「三十八メートル四十五センチのところで失敗したらどうするつもりだったんだろうね」
などとまぜっかえすのがせいぜい。ウイスキーを持ってくればよかったとか、近くに缶チューハイの自販機はないかとか、心の中は、そんなことばかり。
思い返せば、その友人と夕食前に飲んだ、小さなジョッキ一杯のビールが、人と一緒に飲んだ最後の酒になりました。それから一ヶ月もしないうちに、私は連続飲酒におちいり、病院行きとなったのです。
その絵がなんという名か、私は聞きませんでした。でも、先日、美術展のチラシを偶然手にし、「生々流転」という題を見たとき、ふいに友人の話を思い出しました。きっとあの絵に違いないと思い、どうしても見たくなりました。
ちなみに、横山大観がこの絵を発表したのは一九二三年九月一日、関東大震災の当日だったそうです。

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駆けぬけろ! ネオン街だよ おっ母さん

ラーメン屋 コップの模様に 腹を立て

ひょっとして ひょっとして これが幸福 風の味

(水無月のごあいさつ)
週間天気予報には、雲と傘のマークがずらり。地をうるおす雨の季節がやってきました。
飲んでいたころは、雨の日が好きでした。というより、晴れた日が嫌い。目が覚めて窓の外が明るいと、なぜだか心は痛みと悲しみでふさがり、雨が降っていると、ほっとしたものでした。
今は、晴れた日も、曇った日も、雨の降る日も、好きになりました。
これから先の道のりに、どんな苦しみや悲しみに出会ったとしても、空模様を呪ったりはしたくないものです。命あるかぎり、空と大地の間で生きていくのですから。
(二〇〇二年五月某日 今年初めて上着を持たずに出かけた日)

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夏来たり キリン サッポロ アサヒにヱビス みんな敵

この銀貨 二個も要らずに 地獄行き

こうなれば カルピスウォーター 一気呑み

(文月のごあいさつ)
五年前の六月八日、私は三ヶ月間のバックパッカー生活を終え、関西国際空港に降り立ちました。港内のレストランで飲んだコーヒーが三百四十円だったので、驚きました。それまで泊まり歩いたホテルの一泊分より高かったからです。旅の終わりを実感しました。
ネパールのアンナプルナ地方。山の中を歩くこと約十日。聖峰、マチャプチャレが美しかった。隊商のロバと一緒に渡った、壊れそうな吊り橋。怖くて半泣き。そぞろ歩いたカトマンズの街。バスの屋根にも乗った。陸路で国境を越えてインドへ。ガンジス河の夜明け。あまりにも強烈なインド、インド。腰が抜けそうなほど下痢をした。慣れぬ草木のアレルギーで全身がぼこぼこになった。
そんな、旅の一コマ一コマが昨日のことのように目に浮かんできます。
今、旅は遠くなりました。けれども、いつの日か、また私は旅に出るでしょう。
今度は酒に邪魔されることなく、広い世界を見て来たい。
(二〇〇二年六月某日 運転免許証を更新した日)

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レシピ聞き 砂糖を酒と 聞き違え

よく見れば 菓子屋だってある 繁華街

銀ブラで ため息をつく 喫茶店

(葉月のごあいさつ)
暑いです。いよいよ二十四節気の十二番目、大暑(たいしょ)に入りました。
二十四節気は、古代中国で陰暦を補うために作られた季節区分法です。一年を二十四等分して、それぞれの時期に名前がつけられました。立春や春分、秋分や冬至などはよく知られていますが、清明、小満、芒種、あたりになるといかがでしょう。いつの頃かご存知でしょうか。二十四の節気を補うために、さらに雑節という暦日があり、節分や二百十日、土用、彼岸、七夕などがこれにあたります。  一日断酒の生活の中では、暦を眺めるのも乙なもの。
さて、夏休みの計画でも立てようかな。
(二〇〇二年七月某日 今年初めて家でとれたナスを食べた日)

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未練ある方がババ引く 男女かな

意地張って 花火を見ずに 夏終わり

それならば 化けて出ようか ビヤホール

(長月のごあいさつ)
今年の夏は、子どもにもどった。
生ビールもなし。生じゃないビールもなし。冷酒もなし。バーボンのソーダ割りもなし。携帯電話もなし。お小遣いは、これっぽっち。
思い出は、海とロケット花火。新しい友達にセミの鳴き声。ワクワクする気持ち。

コーラ飲み 空をあおげば 夏が行く
(二〇〇二年八月某日 海水浴した時の写真をもらった日)

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表彰状 一年半もの 無為徒食

夢の中でさえ つぶれるまでに飲み

あの世での 酒場で会えるか 逝きし人

(神無月のごあいさつ)
酔いからさめて、一年。
月日が飛ぶように過ぎた。齢、三十四にして、私はようやく自分の人生を生きはじめた。

(二〇〇二年九月某日 空が高くなっていることに気づいた日)

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なんとまあ ホール一杯 同病者

生も死も 病も老いも ネタのうち

死も悪くないよ あの世で 飲み直し

(霜月のごあいさつ)
無芸大食なのもいかがなものかと思い、英語の勉強をはじめた。朝起きて三十分。眠い。職場の昼休みに十五分。食後で眠い。仕事が終わった後十五分。疲れて眠い。帰宅してから三十分。当然眠い。おかげで、英語が聞こえてくると条件反射で眠くなる。不眠の特効薬発見。
(二〇〇二年十月某日 温泉旅館の夕食でご飯をおかわりした日)

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ワンカップ ずん胴 よく見りゃ 野暮な形

飲まなけりゃ 忘れたいこともなし 忘年会

煩悩は 百八つもなし アルコール依存症

(師走のごあいさつ)
もう年の瀬。今年も、いろいろやり残した。もっと山に登りたかった。本も読みたかった。映画も見たかった。文章も書きたかった。お金も稼ぎたかった。勉強もしたかった。やはり、煩悩は百八つあるのかもしれない。
(二〇〇二年十一月某日 今年初めてストーブをつけた日)

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