アル中本を読もう! 二〇〇八年新春スペシャル  彼の底つき  ~ 酔いがさめたら、うちに帰ろう ~

(今回のアル中本)

・「酔いがさめたら、うちに帰ろう」 鴨志田穣著 スターツ出版
・「アジアパー伝」シリーズ 西原理恵子、鴨志田穣著 講談社文庫
・「毎日かあさん」各編 西原理恵子著 毎日新聞社

底つきはアル中最大のドラマ

私は自助グループで語られる仲間の体験談が好きだ。初めて仲間の話を聞いた会場ですっかりハマった。六年が過ぎた今でもそれは少しも変わらない。ずっと仲間の話を聞き続けたいと思う。理由は「効く」からだ。体験談の内容が貴重であることはいうまでもない。だが、それ以上にひとりの語り手と多数の聞き手の間に言葉を超えた何かが飛び交うことが多々あり、それが効く。何に効くかといえば、死ぬまで酒を飲む病気である私の魂に効くのだ。効いて、今日一日だけ飲まずに生きる力を与えられる。
体験談の要(かなめ)は自分のことを自分の言葉で語ることにあるが、自他にあたえる影響がいちばん大きいのは「底つき」の物語だろう。「底つき」の物語は、意図して語られるものではない。また、内容のすごさとは関係がない。ただあるときある仲間が「底をついた」ことをその場に居合わせる仲間全員が気づく。もちろん一度底をついたから必ず断酒につながるとはかぎらない。しかし底つきなしに回復はない。底つきはアル中最大のドラマなのだ。

酔いがさめたら、うちに帰ろう

今回のアル中本は、昨年三月二十日、四十二歳の若さで亡くなった一人のアル中による手記である。著者の名は、鴨志田(かもしだ)穣(ゆたか)氏(通称:鴨ちゃん)。腎臓癌で余命一年を宣告され、この本を書いた。
彼は有名なアル中だった。というのも彼の妻は売れっ子漫画家、西原(さいばら)理恵子(りえこ)氏であり、その作品に「アル中の夫・鴨ちゃん」としてしばしば登場したからである。彼はひたすらはためいわくでハチャメチャであると同時に、愛すべき人物として描かれた。鴨ちゃんは一時期、戦場カメラマンとして活躍したが、結婚後は「アジアパー伝」をはじめとする妻との共著を何冊か出した。しかし妻の圧倒的な才能の影にかくれ、彼自身の文章は注目されなかった。確かにあまり面白くないのだ、鴨ちゃんの文章は。ところが彼の遺作を読んで驚いた。いい手記になっている。妻の漫画はひとコマも入っておらず、他の作家の文も入っていない。初めての、彼単独の著作だった。

彼の底つき

鴨ちゃんの文章がいきなり巧くなったわけではない。だが以前の彼の文章とは一線を画している。読者のことは意識せず、素人に徹したような書きっぷりで、フッと力の抜けたような彼の「語り」が聞き取れる。文体が大きく変わっているわけではない。変わったのは、書き手である鴨ちゃん自身だったのだろう。
私が感じたのは文字どおり彼の「酔いがさめた」ことだった。曇りがとれたような、すこん、と突き抜けたようなすっきりした感覚は、そう、素面(シラフ)の感覚なのだろうと思う。「アジアパー伝」では、あまたのおもしろい(はずの)ネタが、鴨ちゃんの酔いのフィルターに通され、表現が曇っていた観がある。肉体的に酒が抜けただけでなく彼の魂からもまた、酒が抜けつつあったのではないだろうか。終章、癌の治療のため転院する彼は、アルコール病棟を退院する前日、急遽、体験談を発表することに決めた。その体験談の中に、私は彼の「底つき」と回復のはじまりを感じた。端的に現れているのが、彼が最初の就職先である焼き鳥屋を辞めたときの話だ。二年間も世話になった店主に辞める理由を言えず、嘘をついてしまった。彼はこう内省している。
「何でとっさに大変な嘘をついたのか、今でも、ものすごく反省しています。僕の欠点です。平気で嘘をつけるのが。人として大変よろしくない、と思っています」
何の飾りもない率直な告白である。小学生のような言葉だが、私はこの一文を読んだとき胸にじわっとくるものがあった。彼は酒だけでなく、自身の在り方と生き方に底をつき、死を目の前にして回復の鍵を手にした。残念には違いないが、同じアル中として彼が回復への一歩を踏み出した状態で生を終えられたことは本当に良かったと思う。

底つき体験から得られるもの

酒でも、自分の在り方でも、本当に底をついたときその先を生きるための力が「与えられる」。今日一日だけ、飲まないで生きる力が「与えられる」。その力は決して自分で得ることはできない。アルコール依存症とはそういう病気だ。与えられて、受けとるしかない。受けとるための条件はおそらく正直になることと謙虚であることだろう。それが腹に落ちてみると、正直に謙虚であろうとすればするほど、楽に、ポジティブに生きられることを私は実感している。もちろん正直さも謙虚さも持ち続けることはできず、のべつ不正直で傲慢になるのだが、それも当然。なにしろ不完全な人間の中でも選り抜きの不完全なアル中なのだから。気づくたびに引き返すしかない。

年頭の思い

さて、鴨ちゃんはアルコール病棟に入院中、癌で余命一年と宣告され、別居していた家族のもとに戻った。アルコール病棟から転院して癌との闘病生活に入ってから死を迎える間の話は、妻、西原氏の「毎日かあさん 出戻り編」に短くも余すところなく描かれている。こちらもすばらしい作品だ。
いつも思うこと。早くアルコール依存症という病気が多くの方に正しく伝わってほしい。西原氏も鴨ちゃんと連れ添って何年もの間、アルコール依存症がどういう病気か知らなかった、と語っている。アルコール依存症は震えあがるような恐ろしい病気だ。その一方で、十分に回復可能な病気であり、回復を通して人間の本質とは何か、人間の尊厳とは何かをつきつけられるすばらしい病気である。誤解を招く言い方であろうが、私はそう言い切る。自助グループに深く関わった方になら、どなたにも共感していただけることと信じて。
(二〇〇八年 新春に寄せて)

(「アジアパー伝」シリーズ、「毎日かあさん」各編のご案内)

・「アジアパー伝」
・「どこまでもアジアパー伝」
・「煮え煮えアジアパー伝」
・「もっと煮え煮えアジアパー伝」
・「カモちゃんの今日も煮え煮え」
・「最後のアジアパー伝」

以上、すべて 西原理恵子、鴨志田穣 講談社文庫

・「毎日かあさん カニ母編」
・「毎日かあさん お入学編」
・「毎日かあさん 背脂編」
・「毎日かあさん 出戻り編」

以上、すべて 西原理恵子 毎日新聞社

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