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ニューヨーク AA武者修業たらたら編 目次
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知らずに乗ったA列車 2005年7月13日
ポート・オーソリティ・バスターミナルは地下鉄コンコースにつながっています。
トロントの宿でオンライン予約を試みたホテルに向かってみることに。West 112St.というところにあります。たくさん走っている地下鉄のどれに乗ったらよいのか、皆目分かりません。親切な黒人の女性が教えてくれて、Aという路線の地下鉄に乗ればよいことが分かりました。そのあと、乗り換えなくてはならず、また人に教わったのですが、今度も黒人女性でした。
それもそのはず。112St.といえばハーレムの入口といっていい辺りです。そのときは自分がハーレムに向かっているなどとはつゆ知らず。
歌の「A列車で行こう(Take the ‘A’ Train)」。まさにあの歌の通り、ハーレムへ連れて行く『A』だったんですね。
スマホがない時代です。メモしたアドレスを頼りに、なんとかホテルを探し当てました。尋ねてみると予想した通り予約はとれておらず、部屋もないと言われました。満室、というよりも「汚いし、ふつうの人が泊まれるようなところじゃないよ」という説明だったような気がします。
ハーレムっぽい体験に喜ぶ 2005年7月13日
諦めて「どうしたものか」と思案しつつ通りを眺めてみると「NEW ◯◯◯ HOTEL」(※ホテル名伏せます)と書かれた看板が目につきました。フロントで聞いてみると「Single small room」というお部屋が1泊50ドルというのでチェックインしました。部屋に入ってみると…狭くて汚い! 全体的に不衛生な感じです。このあと行ってみたバスルーム(もちろんアウトバス)が掃除する前で、その惨状ときたら…。インドでも衛生面でこんなに心配したことはありませんでした。旅は本当になにが起こるかわかりません。
それでも昨晩は夜行バスであまり寝ていないし、バックパックを担いで疲れたし、とにかく今日はここに泊まることにして、バックパックを置いて明日から泊まるホテルを探す作戦をとることに決めました。ちなみにこのホテルは、2時間、4時間などの時間貸しもしているようでしたが…
7番街のダスティン・ホフマン?! 2005年7月13日
とりあえずNYC‘S Official Visitor Information Center (810 7th Ave(52nd~53rd)に行ってみることにしました。
こうしたインフォメーション・センターは、私のようなバックパッカーにとって役に立つ情報はあまり期待できないものです。大きな案内所でしたが、やはり立派なホテルや劇場などの案内が中心でした。一応、カウンターで相談してみるかどうか迷っていると、男性が話しかけてきました。印象としては俳優、ダスティン・ホフマンの影を薄くしたような感じで、名前はヴィンス。私がホテルを探しているというと、そこらにあったチラシの裏に4つホテルの名前を書いて「案内するよ」と言いました。彼は片言の日本語…といっても単語を並べるくらい…を話し、世界中、どこのインフォメーション・センターにも出現しがちなアヤシイ男にも見えましたが、車にでも乗らない限り危険なことにはなるまいと思い、ついて行ってみることに。
ヴィンスはさっさと歩いていってしまうのでついて行くのが大変でした。そういえばニューヨーカーというのは世界一歩くのが速いと聞いたことがあります。あっという間にホテルを4軒回りましたが、どこも満室。おそらくリーズナブルなホテルはすぐに埋まってしまうのでしょう。…と、突如、寿司屋に飛び込むヴィンス! どうした、ヴィンス!
NYのお寿司屋さんで厚情を受ける 2005年7月13日
後について私も店内に入ると「彼女が宿を探しているので力になってくれないか(推定)」と聞いてくれているようでした。スタッフはみんな日本人で、私としてはなぜかちょっと恥ずかしい気もしたのですが、こうなったら思い切って、当たってみるべきです。ありがたいことに、スタッフの方はどこかに電話してくれたり、私がアルコール依存症でAAのミーティングに参加しにきたんだ、と説明すると励ましてくれたり、良い方たちでした。「OH!RAKU」(252 west 47th street)というお店でした。2026年1月現在、ネットで調べた限り、今はもうお店は無いようです。
ふと板前さんが「チャイナタウンなら安いホテルがあるんじゃない?」と一言! そうだ、チャイナタウンがありました。バックパッカーとして、そこに思い至らなかったのはウカツでした。「宿や食事に困ったらチャイナタウンへ、GO」です。
エビを捌きながら相手をしてくれた板前さんや、ウェイター、ウェイトレスの方々にお礼をいってお店のカードをもらい「今度、食べにきます」と伝えて、店を出ました。
リンカーンセンターで一瞬観光客気分に 2005年7月13日
そういう訳で、チャイナタウンでホテルを探そうということになったのですが、ヴィンスの案内はまだ続きます。お寿司屋さんを出たあとは、美術学校の無料ギャラリーを見学したり、銀行に飾ってある絵を見たり、リンカーンセンターの中庭でサンドイッチを食べたりして、歩き回りました。
「リンカーンセンターではこの時期、毎晩、いろいろな屋外ライブをやっていて、ステージ前のフロアで踊れるんだ。フロアで踊ると15ドルかかるけど、フロアの外で見たり聞いたり踊ったりするのはタダさ!」
…とヴィンス。ニューヨーカーからのありがたい生情報です。今朝は木賃宿のような部屋から出かけましたが、そのうちここで踊ることもあろうか、と華やいだ気分になりました。
その後、地下鉄の駅に向かう途中、YMCAの前を通りかかったのでフロントで宿泊料金を聞いてみると90ドル以上ということでびっくり。駅に着くとヴィンスが地下鉄に乗るための2ドルをくれました。サンドイッチは各自で払ったので、ヴィンスの最初で最後の奢りでした。当初「もしかして下心が?」などと思いましたが、本当に、ただの親切な人でした。
彼はインフォメーション・センターでもリンカーンセンターでも、外国人を見かけると片言のフランス語やら中国語やらスペイン語やらで話しかけていました。語学マニアなのか、彼の趣味なのか、寂しい人なのか分かりません。今回、この記録を書くために広げた地図にヴィンスの電話番号が書かれていて(当時だから固定電話)、懐かしく思い出しました。彼がその後、充実した幸せな人生を歩んでくれていたらいいなあ、と心から思いました。
さて、せっかくヴィンスに送ってもらったものの、違う路線に乗ってしまったようで、ホテルまで30分近く歩き、やっと我らが「NEW ◯◯◯ HOTEL」の部屋に戻ったときは、狭かろうが汚かろうがほっとしました。トロントのツアーの間は同室の仲間がいましたし、その後はドミトリーだったので、久しぶりの個室はありがたかったです。クーラーも効かず、蒸し暑いにもかかわらず夜更け前には眠りに落ちました。

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