お酒を飲まずに生きるには

M断酒新生会 元会長 M・K氏を偲んで ―― 2019年1月 ――

2019年、平成最後の年明け1月2日。M断酒新生会の元会長、Mさんが逝去された。

年末のバタバタした時期を避け、また元旦も避け、Mさんらしく配慮の行き届いた亡くなり方だった。

その人柄を振り返ると、彼もアル中なので短気には違いなかったが、同時に極度に辛抱強く、優秀で努力家だったと思う。

サラリーマン時代には酒のために「前代未聞の降格」という憂き目に合いながら、会社に残れる最後のチャンスをモノにして断酒に成功し、勤め上げた。29年間断酒会に身をおいて個性の強い会長2代のもと、長らく副会長を務めた。そして2013年から約5年の間、気力・体力のぎりぎりまで会長職を引き受けてくださった。長い闘病生活の愚痴も聞かされたことがない。辛抱強いことこの上なく、私にはできない偉業である。

70歳代後半にさしかかってもパソコンを使いこなして会の会計をしていただき、ブログも盛んにアップしていた。登山、カメラ、鉄道と趣味も広かった。もともと優秀だったに違いないが、ご本人も努力して学び続けていたのではないだろうか。

私が33歳で断酒会に入会したときは「ウチの娘と同い年だ」と歓迎してくれた(と思う)。

あるときのこと。

例会の帰りにMさんとご一緒し、私も一時期登山が趣味でたくさん登ったという話をしたら「一緒に登らない?」とおっしゃったので「二人で行くのは困ります」と断った。悪いことをした。別に二人で、とはお考えでなかったに違いない。私も酒がとまって間もない頃のことで「このオジサマ、私に気があるのかしら」と思ったりしたが、後日、Mさんの好みのタイプは女優の小雪さんとZARDの坂井泉水さんと聞き、まったくの妄想と判明。いやはや悪いことをした。

時は流れ、Mさんの前任の会長が辞任されたとき、私が会長を、というお話があった。ところがちょうど南房総に引っ越すタイミングだったのでMさんにお鉢が回ってしまった。実に悪いことをした

思い起こせばM断酒新生会でともに過ごした17年間、控えめながらいつも気にかけていただいたことに気づく。私にとってMさんは疑似父親のようなものだったのかもしれない。悪いことばかりしたついでに、もっと甘えておけばよかった。

穏やかに眠るMさんが横たわった棺には読みかけの本や愛用品と一緒に二十九段の表彰状、かがり火、昨年千葉で開かれた全国大会の写真集、「房総」最新号が入れられた。

まだMさんが副会長だった頃、例会の席で隣り合わせたので「人間、死んだらどうなると思いますか」と聞いてみたことがある。「私は機械屋だから、死後の世界があるとは思わない。死んだら『無』になるだけじゃないかと思う」というお答えが。しかし私にはそうは思えない。肉体から離れて「やれやれ、セイセイした」ってことで好きなところへ行けるのではないか。

となれば、いずれどこかの山小屋のテラスで一緒に座ってコーヒーでも飲もう。お菓子は、ときどき他の会員さん達の目を盗んで私にくれた「巴裡 小川軒」の元祖レイズン・ウィッチ、あれがいい。

涸沢ヒュッテのテラスにしようか。それとも北穂高小屋から槍や常念を眺めようか。

その日を楽しみにしている。

駄文ひとすじ ~載りも載ったり十七年 ~

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