お酒を飲まずに生きるには

アル中手記本の不覚  ~ アル中、いかに生きるべきか ~

(今回のアル中本)

・「アル中地獄(クライシス) アルコール依存症の不思議なデフォルメ世界(増補)」  邦山照彦著 第三書館
・「描きかけの油絵」 池田倫子著 東峰書房

世に数多くの手記あれど、アルコール依存症者の手記というのはあまりない。今回はその貴重な2冊をとりあげた。いざ。

「アル中地獄(クライシス) アルコール依存症の不思議なデフォルメ世界(増補)」

筆者、邦山照彦氏の人生は順調にすべりだした。二十代前半で仕事での成功を手にし、望んだとおりの家庭も得た。ところが三十歳を過ぎた頃から大好きだった酒が彼を打ちのめしはじめる。三十四歳で初めて精神病院へ入院。四十三歳で断酒に踏み切るまでに三十六回の入退院をくりかえした。その後も何度か再飲酒し、五十三歳で三十七回目の入院を最後に、今は飲酒のコントロールができるようになり毎晩一合か二合の「勝利の美酒」に酔っているとのこと。

「描きかけの油絵」

著者、池田倫子さんは二十一歳の学生時代にアルコール依存症と診断され、十七年もの間、酒害に苦しんだ。その後、断酒会に入会して断酒生活に入る。本書は断酒して七年後にそれまで少しずつ書きためた手記をまとめて発行したもの。しかし終章、本書の発刊にむけて準備が進んでいたときに、再飲酒してしまったことが告白されている。

アル中手記本の不覚

著者がそれぞれに手記を書いたあと飲酒しているところに注目したい。まったくの不覚であろう。もっとも不覚の内容は両著者によってかなり異なる。鳩山氏の不覚は「アル中を克服した」と明言し、「自分の飲酒をコントロールできると錯覚している」こと。ご本人は”私はこの本を誰よりも、現在アルコール依存症と闘っているアル中同志諸君と、その家族の人たちのために書いた”としている。しかし最終的にアルコール依存症についての認識が間違っているため、ご本人の意図とは反対に「アル中同志諸君」にとってもその家族にとっても役に立つどころか有害にすらなりかねない。アルコール依存症は不治の病であり、回復の大前提は断酒を続けることだ。ここに命がかかっているのである。しばらくは節酒できても、いずれ必ずできなくなる。できなくなる前に寿命がきて死ぬ場合もあるだろうが、それは決して病気を克服したことにはならない。回復とは正反対の生き方だ。
とはいえこの本、魅力もある。邦山氏の酒害にまつわる体験談の部分。とくに彼の体験した幻視の描写が印象的だ。これだけすさまじい幻視というものがあるのか。鳩山氏は写真撮影の腕前が相当なもので、写真展で何度も入賞をはたしている。視覚の能力が優れていることが、幻視に影響するのだろうか。また、酒がやめられない苦しみ、続々と押し寄せるトラブルなどの体験も心を打つ。おそらく邦山氏自身の能力の高さや強い個性があらわれているのだと思う。断酒にふみきってからの記述も説得力があってとてもよい。体験談としては1冊の本にする価値が充分にある。だから余計に最後のどんでん返しが悔やまれるのだ。
さて池田氏のほうはどうか。彼女はとても優秀で真面目な方であり、酒害体験も正直で内省も深い。書中すべての体験談に共感することができた。ただ同じアルコール依存症者として掘り下げてほしかったのは、七年間の断酒生活を経て最飲酒したところでの自身についての振り返り。ここが聞きたかった。もっとも終章は再飲酒して間もないころ書かれたものであり、池田氏も振り返るためには時間を必要とするのだろうと思う。彼女がとった断酒への取りくみ方は間違えていない。けれども優秀で環境にも恵まれており、断酒にもきちんととりくんだ彼女でさえ、七年も続いた断酒のあと再飲酒してしまったのだ。これは「断酒後、どうやって生きていったらよいのか」という大きな問題を提起しているように思える。

飲まないだけではダメらしい

「飲まないで生きていくためには、飲まないだけではダメである」―― 飲まない生活がはじまってから五年過ぎた今、そう確信している。一日断酒の生活がはじまってしばらくは、喜びでいっぱいだった。飲まないことだけを目標にして生きられた。問題はその後だ。人生はマッタなしで続くから、酒なしでいろいろな試練と向き合わなければならない。それもしんどい。けれども本当の試練は、自分の内側からやってくる。飲まなくなったことでそれまで向き合うことのなかった自分自身の問題が吹き出してくるのだ。私自身も、高波のようにやってくる苦しさ、「生きづらさ」というのだろうか。そういったものにずいぶん悩まされた。例えば自己嫌悪。例えば取っても取っても取れない怒りの感情。行き詰まる、生き詰まる、息が詰まるような、あの感じ。内側からやってくる問題は人によってさまざまであるにせよ、必ずやってくるのではないだろうか。

アル中、いかに生きるべきか

さて断酒会には断酒道というものがある。AAにはプログラムがある。どちらも取り組むにあたり「生き方を変える」決意を促(うなが)される。酒を止めるだけでいいとは決してうたっていない。アルコール依存症からの回復は、すなわち新しい生き方をめざすことなのだ。この二つは不可分だ。新しい生き方なしには酒害からの真の回復はありえない。アル中、いかに生きるべきか。新しい生き方って何だ? 回復中の依存症者の数だけ答えがあるだろう。私は、こんな風に考えるようになった。
飲まずに生きるには自分に厳しくなければいけない。でも我慢だけの断酒は続かない。幸福感と充足感がなければ。自分にとって本当の幸せとは何であるのか。飲んでいるときにはついぞ分からなかった。今考えてみると、飲み始める前にも分かっていなかったのである。自分を甘やかさず、かつ、自分をいとおしむ。一日二十四時間三百六十五日、いつもこのことを忘れない。新しい生き方を実現するには修練が必要なのだと思う。もうひとつ、アル中のやるべきこと。それは仲間とともに、酒で苦しんでいる人の手助けをすることである。なぜならそれが、自分の経験をもっとも活かすことができる道だから。
アル中いかに生きるべきか。新たな「アル中手記」がでてくることを心待ちにしている。
(二〇〇七年 新春に寄せて)

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