新・「アル中本」を読もう! 失踪日記 アル中病棟(失踪日記2)<第3回> (吾妻ひでお)

タイトル 失踪日記 アル中病棟(失踪日記2)<第3回>
著者 吾妻ひでお
出版社 イースト・プレス

【読みながら、思うことを少しずつ(1)】

この本ばかりは、「こんなふうに感じました、こんなふうに思いました」とまとめるのが難しいので、それは諦め、もういちど最初から読み進め、少しずつ思うところを書いていきたい。

「失踪日記」

~夜を歩く~

この章は、吾妻氏が1989年11月、1回目に失踪のときの体験が描かれている。

生きることに行き詰まって、逃げ出し、過酷な路上生活をおくりはじめた。路上生活の経験を持たない私にも、確かに覚えがある。何に覚えがあるかというと、「この状況から抜け出したい」という思いによって、自分自身をより不健全なほうに転がしてしまう、ということに、である。もしかしたらもっとひどい状況に陥ったほうが助かるかもしれない、という自分にとって都合の良い妄想に取り憑かれていたりもするのだが、リスクを顧みることができなくなっている。むしろリスク、危険上等! …というくらいのものである。

アル中が酒を飲むのも自己虐待であるが、吾妻氏の路上生活も自己虐待で、酒が路上生活に置き換わっただけ。事実、路上生活をしている間は、酒の量が減っている。

3か月ほどの路上生活は、警察官に「不審者」とされ、交番に連行されることで終わる。読んでいて、思わず安堵のため息が出た。その後は一気に笑えるムードになる。吾妻氏が漫画家だということが分かり「なんかかいてみ」ということになった。ロリコン警察官が色紙を買いに走り、絵を描いてください、と吾妻氏に頼む。さらさらとセーラー服の女の子の絵を描くが「小さい子どもがいるので一言書いてください」と頼まれたところは出色!! おもしろすぎるので創作かとも思ったけれども、本当のことだったのだろう。表紙にも「全部実話です(笑)」と書いてあるし。色紙の人とは別の警察官が「カップラーメン おみやげに入れといてやるからな」と言ったところも笑った。

~街を歩く~

この章では2回目の失踪生活、1992年4月から数か月間の体験が描かれている。

少し慣れた路上生活に加え、途中から配管工として働いた日々が描かれる。路上生活の様子が、1回目の失踪時よりも余裕を持って語られている。ホームレスのテント村のような場所に迷い込んで「関わらないようにしよう」と逃げたり、拾った卵が食べきれないので、鳥の巣に似せたものを作って卵を盛り、ウケを狙ったり。

路上生活に慣れるに連れ、暇だなあ、と思いはじめた吾妻氏はふとしたきっかけから、配管工の仕事をはじめる。一癖ある同僚たち、よくできた社長、などが登場。体も鍛えられてムキムキになり、とうとう管理者的な立場になる段になるところで、突如退職する。もったいない気もするが、同時に「そりゃそうだろう」とも。吾妻氏が個性、才能を棄てて堅気の生活に軌道修正するのは道から外れている。氏とて、無意識のうちに配管工生活も含め失踪生活そのものも「ネタ」にしようとしていたのではないか、という気もする。

配管工の仕事にしても氏の能力の高さがうかがえる。未経験で若くもないのに「さて、内管工事の教育を受けてガス工事の基本が分かり私はかぜん仕事が楽しくなった(P111)」というところまでいく。根気もあるし、叱られてもへこたれないだけの根性もあるのだ。アル中は、概してこんな感じで、仕事は結構やる。

配管工時代の話のあと、「街の12」「街の13」「街の14」の章は漫画家としての自伝になる。私はここで初めて漫画家という仕事が、いかに大変なのか、知って驚いた。漫画家としての自伝の前に氏の、自身の酒との関わりが描かれている。「20代前半はほとんど呑めませんでした(P125)」とある。体質的にはフラッシャー(酒に弱い人、イケない口の人)だったのだ。中学生のころから神経性十二指腸潰瘍でしょっちゅう入院していた、漫画家になっても年に2~3回は出血して倒れていたが、そのうち飲めるようになった、とも。アル中の多くはイケる口、つまりアルコールを分解する力が高い人なのだが、フラッシャーでもちゃんと(?)アル中にはなる。体感的にアル中の1割前後がフラッシャーではないかと思う。フラッシャーはアル中には割と不利で、心身へのダメージが早くくるし、食道がんに罹患する確率がものすごく高くなる。吾妻氏も食道がんで逝ってしまった。

フラッシャー体質でもあり、もともと体が丈夫でない吾妻氏の初連載漫画は「二日酔いダンディー」。酒呑みにあこがれていた、とのことだ。P120で中島らもさんの心配もしている。

まだまだ続く。

(記:2023年5月7日)

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