お酒を飲まずに生きるには

アル中本を読もう! 四〇〇号記念特集  ~ アル中探偵小説の世界 ~

(今回のアル中本)

「八百万の死にざま」 ローレンス・ブロック著 田口俊樹訳 ハヤカワ文庫

(あらすじ)

主人公のマット・スカダーは、アル中。彼は元警察官で、今は、ライセンスなしの私立探偵をしている。AA(アルコホーリクス・アノニマス)には顔を出しているものの、酒を本当に止めようとは思っていない。 病院を退院してから九日か十日たったその日、彼に仕事の依頼が入った。コールガールのキムが、その稼業から足を洗いたいので、ヒモと話をつけてほしいという。そのヒモ、チャンスは、あっさりとキムを手放すことを承知した。ところが、その直後、キムは何者かによって惨殺されてしまう。容疑をかけられたチャンスは、マットに犯人探しを依頼するが・・・

アル中のドラマ

アルコール中毒者の体験談はおもしろい。性別、年齢、職業、頭のよしあし、学のあるなしは関係ない。ただし、本人の腹から出たほんとうの話に限る。数分間の語りの中から、琴線に触れる、心を揺さぶるドラマが繰りだされることが、まま、ある。
今回のアル中本「八百万の死にざま」は、アル中の物語だ。物語は、主人公が断酒して十日前後のところからはじまる。酒との格闘、スリップ。また、断酒。くどくなく、淡白すぎず、よく描かれていると思う。ところどころに出てくる、AAのミーティングの情景も印象的だ。だが、出色なのは、ラストシーン。アル中でない翻訳者、田口氏でさえ、「・・・なにやらもう自分が訳者なのか作者なのか主人公なのか見さかいがつかなくなり、目がしらがじいんと熱くなって、思うように字が書けなくなったのを覚えている」(訳者あとがきより)と述べておられる。主人公、マットが飲まない生き方の第一歩を踏みだす瞬間を、わたしたちアル中は深い共感をもって祝福することができるだろう。

世界ただひとり 断酒探偵のこれから

マット・スカダーシリーズは、これまで、十五作が翻訳されている。本書は、第五作目。本書以前のスカダーは、ばりばり飲んでいる。ご覧あれ。酒はなんでも飲むようだけれど、特徴的なのは、「コーヒーにバーボンを注ぐ」飲み方。うまいのか? そんなの。試してみたいけれども、そうもいかない。
本書以後、スカダーの一日断酒(?)は続き、私の知るかぎり、十三作目まで飲んでいない。作者が「ここらでそろそろ飲ましてみようかねえ・・・」などと考えないことを祈る。世にさまざまな探偵小説があり、アル中探偵というのも数多く登場する。が、回復者として活躍しているのは、今のところ、マット・スカダーただひとりのようだ。
それでは、他のアル中たちは、どうか。

傑作アル中本アラカルト

傑作のひとつが、「深夜プラス1(ワン)」。登場する凄腕のプロのガンマンがアル中である。冒険につぐ冒険の中、ガンマンであるハーヴェイがアル中であることが物語上の大切なポイントになっている。冒険小説としても名作に違いないだろうけれど、アル中本としても傑作だ。それにしてもこの本は一九六五年に発表されている。当時、海の向こうでは、すでに「病気としてのアル中」が認知されていたのかと思うとうらやましい。
続いてチャンドラーの「長いお別れ」。今回、あらためて読み直し「おもしろいよなあ、これ」と思った。テリーのキャラクターが、のちの多くのアル中本に与えた影響は大きいのではないか、とひそかに、にらんでいる。チャンドラー自身、晩年、大量の飲酒で寿命を縮めたらしい。ということは、やはり彼も・・・
また、日本人に好まれるのではないかと思うのが、カート・キャノン「酔いどれ探偵街を行く」。あと、ジェイムズ・クラムリーが作り出した探偵ミロと、C・Wスルー。いずれもアメリカ人とは思えないほどウェットな性格だ。私がいうのもなんだが、彼らのよく飲むこと飲むこと。同じアル中とはいえ、酒量では日本人は勝てそうにない。
国産では、原尞(りょう)の、探偵沢崎シリーズがいい。ただ、アル中は主人公の沢崎ではなく、元相棒。シリーズ中、現れるのはほんのわずか。アル中作家、風間一輝の作品も見逃せない。風間氏は「地図にない街」をはじめ、アル中が主人公の作品を何編かと、冒険小説を何作か残して、(おそらくは)酒がもとで亡くなった。東直己の「探偵はバーにいる」からはじまる連作。おもしろいけど、アル中本としては「そりゃないでしょう」ということになってしまい、残念だ。また、納得いかないアル中本ナンバーワンは、藤原伊織「テロリストのパラソル」。このあたりは、機会をあらためて。

日本でアル中探偵が活躍できないのはなぜか

それは「なぜアル中になったのか」という理由に引きずられているから。悲劇的な出来事による心の傷からアル中になった、という描かれ方ばかり。しかもその出来事は、同情せざるを得ないようなこと、とされる。もっとも多いのは「妻子を亡くす」パターンだ。
それに対し、アメリカやイギリスのアル中探偵の場合、原因はともかく、とどのつまりはその人物の個人の問題として描かれることが多い。「アル中である個人」が主役だから、マット・スカダーのように、息の長いキャラクターも出現する。幅と厚みがあるバラエティに富んだ物語を作りだすこともできる。

それはこれからのお楽しみ

私たちアル中が、飲まない生き方を求めて己を語りはじめれば、そこにドラマが生まれる。魅力的なアル中が描かれない日本の探偵小説だけれども、まずは、例会に行こうか。
・・・それにしても、誰か、書いてくれないかなあ、国産アル中探偵小説の傑作。

(二〇〇六年五月 アル中本に囲まれて)

(参考・・・オール・アル中本。以下は、すべてハヤカワ文庫で読めます)

・「深夜プラス1」ギャビン・ライアル
・「長いお別れ」レイモンド・チャンドラー
・「酔いどれ探偵街を行く」カート・キャノン
・「酔いどれの誇り」、「さらば甘き口づけ」ジェイムズ・クラムリー
・「そして夜は甦る」 原 尞
・「探偵はバーにいる」東直己
・「地図にない街」風間一輝 早川書房
・「テロリストのパラソル」藤原伊織、講談社文庫

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